植物工場の施設において、どのような栽培空間をつくるかは非常に重要です。特に、完全人工光型植物工場においては、クリーンルーム並み
の設計を採用する事業者がほとんどです。一方で、広大な面積にクリーンルームを構築することは、イニシャルコストとして野菜の販売価格に跳ね返ります。したがって、いかに施設内の構成や条件、スペックを標準化・モジュール化していくかが、コストダウンに大きく関わってきます。
べニックス株式会社は、ベニヤ、各種パーティションの製造販売を行い、また1983 年よりクリーンルームの設計・製造・販売を行っています。大手の半導体、液晶工場のクリーンルームを手がけながら、今、そのノウハウを植物工場に生かすべく、取り組みを開始しました。どのようにこれまでのノウハウを活用していくのか、取締役商品開発部部長の勝部定徳氏、CSE 部の齋藤雄司氏にお話をうかがいました。
4-3-(1). 新たな活躍の場を求めて
べニックスのクリーンルームは、システム天井の施工技術をもとに、工業用クリーンルームの設計と製造で実績を上げてきました。1990 年代は、携帯電話や家電、自動車などに多くの半導体が使われるようになり、また液晶の需要も高まったため、海外も含め大手の半導体メーカー、液晶メーカーのクリーンルームを多く手がけてきました。しかし、景気に大きく左右される分野でもあり、リーマンショック以降に設備投資が大きく減ったこと、さらに海外製品の台頭によって日本メーカーの勢いが落ちてきていることに、強い危機感を持っていました。
そんな中、クリーンルームを必要とする分野が他にないかと探しているときに植物工場と出会ったのです。齋藤氏は、ある案件の仕様を見て、湿度の仕様が通常のクリーンルームよりはるかに高いことに気づきました。通常は室温23 ~ 24℃、湿度50%という設計ですが、その案件では初期設定が湿度80%になっていたのです。大手ゼネコンなどのもとで業務を行うため、エンドユーザーと直接コミュニケーションを取る機会はなく、高い湿度設計に対して疑問を抱き続けていましたが、案件を進めるうちに大規模の植物工場であることがわかったのです。
「設定された湿度に合った資材を選ばなければならないので、高い湿度設定に戸惑いをおぼえました。当然内気と外気で湿度が異なるため、結露を注意する必要がありました。また、カビが生えてしまうことも考慮しなくてはなりませんでした」と齋藤氏は振り返ります。
4-3-(2). モジュール型植物工場への発想
べニックスでは、その案件をきっかけに植物工場に注目し始めました。さらに、さまざまなセミナー中で、コンテナやモジュール式の工場施設を見学して、同様のものであれば、パーティションをつくる技術を生かしてつくれるかもしれない、と考えるようになったそうです。
「当社の強みは、やはりシステム天井を組み立てるという技術と、パーティションの技術です。いずれも今はさまざまなクリーンルームの主流の要素になってきましたが、当社がその多くを取り扱ってきたという実績もあります」。
また、ベニックスではベイパーティションを用いてクリーンルーム内などにさらに個別のブースをつくるシステムにも長けています。通常、大手ゼネコンや建設会社のもとでクリーンルームの組み立てのみを行う受注がほとんどですが、個別のブースを設置する際にはその内部の空調も、ネットワークを生かして一手に引き受けてきました。そのため、通常のクリーンルーム会社とは異なり、環境設計も行うことが可能なのです。
それから情報を集め、植物の育成に必要なクリーンルームのスペックの調査に乗り出しました。そこで考えられたことが、これまでの植物育成用のクリーンルームではオーバースペックではないか、ということでした。
「生産にかかるコストが高いということは、それだけ設備に初期投資がかかっているといえます。それでは、クリーンルームは今のスペックでないと植物がまったく育たないかというと、そういうことでもないのではないか。検討するべきなのは、生産ラインに乗せたときに歩留まりが目標値を達成できるかどうかという問題で、それを考慮したスペックである必要があるのです」。ベニックスではそう考えています。
半導体のクリーンルームにおいても、当初はオーバースペックであり、そこからコストを落としていったという経緯がありました。ベニックスでは、1 つ1 つの部材の価格を下げるのではなく、総合的な観点からコストを抑えるという手法に注力してきました。たとえば、パーティションの取り付け方をより簡易にすることで、平米あたりの作業費を下げることができます。また、システム構成を必要最低限なものに絞り、可能な限りシンプルにすることで無駄を省くことを行ってきたのです。このような観点によるコストダウンは、植物を育てるためという焦点に絞ることで、植物工場のクリーンルームにおいても可能ではないかと考えられます。
4-3-(3). 産業としての行き先を見つめる
ベニックスでは、植物工場という事業自体をどのように捉えているのでしょうか?
「ベニックスは平成15 年に三和シャッター工業株式会社のグループ入りをしました。 三和シャッター工業株式会社は、創業当初より『安全、安心、快適を提供することにより社会に貢献します』を会社の使命としています。グループ入りをきっかけに、ベニックスの姿勢も、ベニックスの商品を提供させていただくことで『社会貢献』が『目標』から『使命』へと変化しました。グループ会社も含め、社員全員が『社会貢献』を使命として業務に取り組んでいます。そのことを前提に、植物工場という分野が持つ大きな特徴の1 つとして、『無農薬』生産が可能である点が挙げられます。今後、食に対して『安心、安全』を無条件にアピールできることは、ベニックスが取り組む『社会貢献』の1 つのかたちではないかと考えているのです。また、現在の日本自体が抱える問題に農作物自給率があります。植物工場分野は、新しい農業生産スタイルを提供できる可能性を多大に秘めています。 農作物自給率の改善策の一環として『社会貢献』できることは、ベニックスにとって新境地ではないかと思っています」。
「植物工場という分野で扱われる内容は、空調から植物の知識まで、非常に幅が広いというのが印象です。これまでは1 社ですべて取り組もうとしているパターンが多かったのではないでしょうか。抱え込んでしまった歪みが、野菜の高価格というかたちで跳ね返ってきていたとも考えられます。それぞれの分野で強みとノウハウを持っている企業と手を組んでシナジーを生んでいけば、コストや品質の改善につながっていくと思います。植物工場については、まだベストなかたちが決まっていないということも、参入する価値と可能性を秘めているといえるでしょう」。
植物工場用のクリーンルームをつくるといっても、やはりその中で植物が育つことを確認しなければならない。それが今の急務と捉え、ベニックスでは自社の一部を植物育成用ブースに改変し、その中で野菜を育てる準備を進めています。ベニックスの挑戦は、今始まったばかりなのです。
このように、多くの産業の隆盛を目の当たりに、その技術とノウハウを蓄えて要求に応えてきた企業が、植物工場をビジネスチャンスと捉えて参入し、経験を活かした技術開発と事業を行っていくことは大いに歓迎すべきことでしょう。異業種とのコラボレーションを積極的に進むことで、植物工場の歴史に新たなページが加わっていくに違いありません。