植物工場という言葉を初めて知ったのは2005 年のことです。まだ農学部の大学院生だったころでした。株式会社パソナが地下の金庫を改装して菜園をつくった、というニュースがメディアで大きく取り上げられており、そのニュースを見たのがきっかけです。パソナの大胆な取り組みにも大変驚きましたし、コストや防除に対する疑問はあるものの、植物工場という言葉そのものが、研究者の卵であった私たちには強く響きました。幾度か同じ研究室の学生や先輩、生産者とパソナO2 を見学しました。書籍も読みましたし、勉強会を開いたりもしました。また、青色LED の上市を受けて、クロロフィルの吸収波長特性に合わせたLEDによる栽培試験が行われていたことも、なんとクレバーな発想か、と非常に興味を引かれたものでした。
植物工場というキーワードには、よくも悪くも強烈なインパクトがあるのだと思います。強く惹かれ、研究や事業に邁進する人もいれば、一方で拒否感を隠さない人もいます。実際に、勉強会やセミナーで激しく意見を戦わせたこともあります。
新しい技術には、そのコンフリクトはつきものです。重要なことは、自分の中でイメージだけを先行させてしまわないことでしょう。 「やはり太陽と土で育った野菜が一番だ」という意見があります。考え方は人それぞれですが、あえて言えば、それは自ら新しい技術に対して目を閉じてしまってはいないでしょうか。ひょっとしたら、将来欠かせない技術になるかもしれないのに。
「効率が20 倍になる」「新技術を使えば、効率がさらに4 倍になる」こういった、輝かしい内容の記事や書籍も多くあります。しかし、こういった情報を真に受けることも危険です。何が何に対して何倍といっているのか?どういう試験結果だったのか?はたして本当に、現場でその情報どおりのスペックを発揮するのか?
技術を正当に評価し、踊らされない、また技術におぼれないことも重要です。
この事業に取り組んでいる企業や研究者、メディアは正しく情報を発信し、その受け手は正しく解釈しなければなりません。そのことが、いずれは正しく技術が発展することにつながるのだと考えます。
本書がその一助になれば、そしてこれからもこの物語が紡ぎ続けられれば、と筆者一同願っております。
(塚田 周平)
著者略歴
本書は、株式会社リバネスの農林水産開発事業に携わる、農学・植物科学分野での博士号取得者3 名が、植物工場における歴史やビジネス、未来を一般の方々によりわかりやすく伝えるために執筆した一冊である。
■ 塚田 周平 (つかだ しゅうへい)
■ 学位: 博士(農学)
■ 所属: 株式会社リバネス 地域開発事業部 部長
■略歴: 1980 年、京都府京都市生まれ。2009 年3 月に同博士課程を修了、博士(農学)を取得。同年4 月に株式会社リバネスに入社後、主に農林水産分野を担当、植物工場事業にも携わる。専門は土壌微生物学。
■氏名: 川名 祥史 (かわな よしふみ)
■学位: 博士(環境学)
■所属: 株式会社LDファクトリー 代表取締役
■略歴: 1980 年、茨城県笠間市生まれ。2008 年3 月横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程後期修了、博士(環境学)を取得。同年4月より横浜国立大学VBL 講師(中核的研究機関研究員)を務める。株式会社リバネス農林水産開発事業部を経て株式会社LDファクトリーを設立、代表取締役に就任。専門は植物細胞工学。
■氏名: 丸 幸弘(まる ゆきひろ)
■学位: 博士(農学)
■所属: 株式会社リバネス 代表取締役
■略歴: 1978 年、神奈川県横浜市生まれ。2006 年3 月東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了、博士(農学)を取得。2002 年6 月、大学院在学中に有限会社リバネス(2004 年に株式会社リバネスに組織変更)を設立、代表取締役に就任。株式会社ユーグレナの技術顧問を務めるとともに、ライナ株式会社取締役として都内レストランを運営。専門は植物生理学、微生物生態学、共生生物学。植物工場物語