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未来を見据える植物工場研究のキーマン

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後藤先生
後藤先生

千葉大学大学院園芸学研究科

教授 後藤英司

 

実用的な研究に取り組む

この写真は、私が25 年前に大学の実験室で「岡山サラダ菜」というサラダ菜を養液栽培していたときの写真です。基本的には、商業レタス工場も20 ~ 30 年前からありますので、培養液のpHや濃度の調整など養液の制御の方法はできていました。ただ、工場としては、現在の技術とは月とスッポンでした。なぜなら、多段式にするという概念がなかったのです。太陽光を使わないので平面でなくて積み上げられるのに、大学の工場も、実用化された工場も含めて誰もやらなかったのです。スペースを取らない薄型のよいランプがなかったという理由もあります。そのため、土地当たりの利用率が低く、育てられる野菜の種類も少ない。光強度も今のHf 蛍光灯(注:高周波点灯蛍光灯)の半分くらいしかありませんでした。その中で、使用できるランプを選んでやろうとしていたわけですが、そうすると育てられる植物の種類も限られていました。今もレタスなどの葉菜類の栽培を研究していますが、さすがに昔とは違い、同じ培養液で何種類の葉菜類を育てられるかとか、低硝酸化するための培養液はどのようなものか、ポリフェノールなどの機能性成分含有量を高めるための光波長や気温や液温を見出すということを研究しています。あとはLED が実用化に近づいていますので、波長特性の違う光源を用いて、葉菜類の生育の違いを研究しています。

植物工場
植物工場

 

広がる植物の利用価値

林業はもちろん、最近ではバイオ燃料や生分解性プラスチック、森林保護など、植物は今いろいろな場面で注目されています。私は植物を扱う研究者として、幅広く植物工場の可能性を見ています。農業としての植物利用は主に食用と鑑賞用となります。ハーブ類などは食用と薬用としての両方の活用法があり、こういった複数の役割を持った植物もあります。ここに挙げているものは、現在、そして今後植物工場を用いる可能性のある植物生産業です。食用はもちろんですが、植林用の樹木の苗、エネルギーやプラスチックの原料となるような植物、薬草などです。それから、花粉や遺伝子の拡散がありませんから、植物工場を遺伝子組換え作物を育てるための施設として利用できる可能性などもあります。植物工場は、現在は利用法が限られているように思えますが、今後はこういったハイテク利用の可能性がある、よいシステムだと考えています。

太陽光利用型植物工場

現在、農業用で利用されている植物工場には、完全人工光型、太陽光を使いながら必要に応じて人工光で補光する人工光併用型、完全太陽光型があります。人工光併用型と完全太陽光型は、われわれが普段「温室」または「ハウス」と呼んでいる施設ですが、コンピューター制御や空調、炭酸ガス濃度を高めて光合成効率を高める技術などを導入して、できるだけ一年を通して施設をフルに使い、なるべく計画生産できるように取り組んでいる施設を太陽光利用型と呼んでいます。

今、食用の野菜をつくっている太陽光利用型の植物工場は、大きくいうと「施設園芸」というジャンルに入ります。植物工場を調べる際には、太陽光利用型の施設も見ておいた方がいいと思います。太陽光利用型で育てられている野菜や花は、人工光型の植物工場の予備軍といってよいでしょう。施設園芸で何がつくられているかウォッチしておくことは、近い将来に植物工場で次につくられるようになるものを知ることにつながります。ですから、太陽光利用型と完全人工光型の両方について紹介したいと思います。

太陽光利用型では、養液栽培で成長促進を図るので土を使いません。被覆材は昔はガラスでしたが、今はフッ素系樹脂の硬いフィルムで割れにくいものを使います。外気を取り入れて使いますので、天井の窓の開閉のなども行います。季節によりますが、防虫網を付けていても外気を入れると害虫も入ってくるので、場合によっては農薬も必要になります。

 

完全人工光型植物工場

完全人工光型の植物工場は、閉鎖系であり、人の出入りも制限します。すると、害虫も入りませんので、病虫害が発生せず、無農薬で栽培できます。ただし、ランプの光は、光合成で吸収される以外のおよそ99%は熱になっていますので、クーラーを使わないと室温を一定に保つことはできません。完全人工光型の植物工場の特徴は、露地や温室とは違って屋外の気象条件に左右されることがなく、周年安定生産が見込まれることです。温室栽培を行う農家は、なかなか計画生産を実現できません。これを実現できるのが、植物工場なのです。それから、多段式栽培ができ、土地当たりの生産性が高いことも特徴です。さらに、温度や光をコントロールすることで、栽培期間の短縮が可能です。これは工場なので、電気代をかけても高速生産させて、1 年間に多くつくった方がよいという考えです。泥土を使ったり、腰を曲げて畝をつくったりとか、そういうことがないので作業環境が快適です。軽作業が主体なので、いろいろな方が従事することができます。

また、環境条件を制御することで、植物の特定成分の含有量を増加させることができます。多くの方は、お日様の光で育つことが植物にとって最高のパフォーマンスを発揮できる条件だとお考えでしょうが、決してそんなことはありません。毎日の気温も時間帯によって違いますし、植物は100%の能力を発揮していないのです。植物工場では、植物の成長能力を100%発揮させることができ、植物が本来つくれる成分を大量に蓄積するようになります。その成分が人間の栄養成分とか病気予防とかに効くものであれば、その成分は多く含まれている方がいいですよね。そのような環境をつくって、物質生産を誘導することができます。そのあたりがメリットだと思います。

あと、閉鎖度が高いので、培養液のために投入した水は、植物に吸収されたのち大部分は蒸散作用で空気中に放出されて、クーラーで回収してまた養液栽培に利用することができます。そうすると、気密性がよい理想的な植物工場では、植物体内に保持される分と、養液栽培のタンクに残った分が生産に必要な水の量ということになります。ガラス温室などは窓が開いていますから、室内の空気中にいったん蒸発・蒸散した水は、基本的には屋外に放出されて失われてしまいます。露地栽培も同様で、用水から持ってきてスプリンクラーでまくと、植物体に残る以外はどこかへ行ってしまいます。植物工場では発泡スチロールなどで培養液の水面を覆っていますので水面からの蒸発は少ないですが、露地栽培の場合は、植物体ではなく土壌面から蒸発する水がほとんどです。

植物は、体内の水を蒸散させて、根から新たな水と一緒に無機イオンを吸収します。トマトは一日に数リットルという水を吸いますが、体内に残っているのは1 ~ 2%くらいしかありません。したがって、蒸散した水を回収して再利用できれば、水利用の効率としては一番理想的な状態となります。

 

光合成能力を最大限引き出す

今、環境問題で邪魔者扱いされている二酸化炭素(CO2)ですけれども、植物に関しては濃度が高い方が、光合成が進みます。特に春から秋とか、季節のよい時期、十分な肥料がある時期、好適な気温で日射量が多いときに、植物にとって光合成の制限要因になるのがCO2 です。屋外のCO2 濃度は380 ppm くらいですが、これを2 ~ 3 倍の700 ~1000 ppm くらいにすると、ほとんどの植物は光合成速度が1.5 ~ 2倍くらいになります。植物はCO2 と水を使って糖をつくっているので、CO2 濃度は高い方がよい。植物工場は、気温、光、培養液でよい環境をつくっていますので、そこにCO2 が多くなると、それだけで光合成速度は上がります。ガラス温室では、日差しが強くて気温が高くなる季節は窓を開けています。そのときはCO2 が逃げてしまいますし、それでもCO2 を入れ続けていると、CO2 を無駄に出していると環境問題としてやり玉にあげられてしまいます。冬は窓を開けませんが、日射も弱く、気温も低いのでCO2 を入れてもそれほど高い光合成効率を得ることはできません。つまり、気温も日射も理想的なときに、CO2 濃度の高い状況をつくれるのは、植物工場だけということになります。理想的な条件で栽培できるということは、栽培期間の短縮にもつながります。また、CO2 は水と同じく光合成の資源であり植物体の糖になります。ある量の糖をつくるのにどれくらいのCO2 を与えればよいのかなど、水と同じように収支の計算が可能になるのです。植物工場は、電気を使うため環境負荷という面では課題がありますが、水やCO2 については、最も資源を無駄にしない生産方法であるといえます。

 

植物工場は輸出産業

人工光を併用する温室タイプのものは外国で多くつくられています。オランダ、デンマーク、ノルウェーなどの北欧、カナダ、アメリカの北部など、日射量が少ないところに多く見られます。これらは北海道より緯度が高い場所です。日光を遮らないように、骨材の間にランプを配置します。それから、平面栽培を行っています。実際は、1 つのスポンジに2 つの種子をまいて、2 種類の色の違うレタスを一緒に収穫してパックに入れたりとか、いろいろなレタスの栽培法が工夫されています。ハイテクな温室型の植物工場は床面が見えない。ベッドが可動式になっていて、栽培面は広くても人が通れる通路は1 本分しかない。そういうことをして、土地利用効率を上げています。

バラは光の要求量が高い時期がありますので、温室では、色目は悪くても発光効率のよい高圧ナトリウムランプを用いて補光をします。オランダとか北欧地域に行きますと、秋から春までの季節は日射量が少ないので、どの温室もナトリウムランプを使用しています。たとえば、バラやキクの周年栽培が行われています。曇ってくると自動制御でランプが

つくようになるシステムで、10,000 ルクスくらいあるので、このランプだけでもレタスが育ちます。太陽光利用型という施設園芸の延長でいきますと、日本のようなわりと湿度の高い地域などは気温を下げるのに苦労しています。暖房はできますが、冷房が難しいのが現状です。研究仲間とは、「太陽光利用型の植物工場はみんな北海道の東側へ行ったらいいのに」と言っています。

いずれにせよ、日本は暑い九州・沖縄地域から、寒い北海道まで幅広い気候の地域で質の高い商業栽培の経験が豊富なため、その気になれば台湾からロシアまで、さまざまな気候の国に植物工場の技術を売れるはず。完全人工光型はもちろんですが、太陽光利用型の植物工場も輸出産業になると思うのです。

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塚田 周平/Shuhei Tsukada 執行役員 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻修了 博士(農学) 上級バイオ技術者 【専門分野】農学、分子生物学、土壌微生物学 設立初期よりリバネスの運営に参加。教育・研修事業、各種ライティングに関する実践を学んだ後、アグリ分野の先進技術開発・導入、地域創業エコシステム構築事業の立ち上げを行う。

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